関係資料 9 「公文書消去事件」平成27年11月議会の質問・答弁

 さる12月7日のネット中継からの聞き書き(問答の要旨)です。

伊藤副市長
  当時、市長、茂呂前副市長及び私が協議し、当該文書は二役の共有する文書としてのみ扱うこととした経緯から、取り扱いの管理上の措置として当該文書を回収し、文書は全て紙媒体として保存しているものであり、公文書は消滅していない。

藤井議員
  2014年4月10日に茂呂副市長が、伊藤副市長の了解の下、春季主要事業ヒアリングの参考材料とするため、懸案の課題についての意見と市政運営についての意見を忌憚なく述べるように求める春季主要事業ヒアリングの実施等にあたってお願いという文書を、当時の部局長に照会をかけられた。4月から5月にかけ各部局長はこれに答え、率直かつ真摯に各自の意見を提出され、全員が提出された。茂呂副市長は各部局長の氏名をふせた上、5月中旬に自らの文責でこれらをとりまとめた。退任式の行われた5月30日、茂呂副市長は取りまとめた部局長意見を午前中、市長と副市長に提出され、市長は取りまとめた意見を部局長に共有するのであれば退任式を行わず、受け取らないとの立場を示された。

 先程副市長が述べられたのがここの一部の部分かと思う。しかし協議不十分であり、最終的に部局長意見を受け取られ退任式が夕刻行われた。その後、5月31日庁内ネットワークで各部局長及び政策監10数名の方へ送信され、6月2日このメール等が削除された。
 実際、二役の協議であったとしても、公用文書を電磁的記録としても、廃棄するということはこれは法令違反である。その部分についてもちょっとご見解をお伺いしたい。
 またなぜその二役だけの協議にする必要があったのかあという疑問もある。

 これはそもそも前副市長がそのセクションを超えて市政全般について意見をとりまとめて、それを全員で共有して大津市のためにみんなで考えていこうという目的をもった取りまとめ集であった。
 そして実際これを部局長全員に投げられたが、その点において私はなぜ二役だけにこれを限定する必要があったのか。ここのところが本当によくわからない。
 しかもいつその協議がされたのか、事前のその5月30日の段階では、茂呂さんが辞められる当日だが、協議が不調であったけども結局受け取られて、退任式も行われた。
 であれば、その時点においては全く問題なかった行為じゃなかったかと思う。この点についてお伺いを出来ないか。

伊藤副市長
  経緯的な部分についてはその通りかと記憶している。一方で5月30日の協議において、二役限りにするというお話は不調であると議員はおっしゃられたが、少なくとも私どもはそういう文書の扱いをするということで協議が整ったと認識している。
 そしてまたその理由として、なぜ二役の文書にしなければならなかったということについては、当時、二役の間でいろんな議論があった中で、議事録等も残っていないので、正確なところははっきりしないが、私の記憶の中で一つだけ申し上げるとすれば、主要事業ヒアリング等について担当部においてそれぞれの準備を進めていたところ、各部長に担当を超えて意見を集めている、このことであるが、まずはそういった主要ヒアリングにおいては担当部長と二役が協議をして担当部長が責任を持って事業を進めるという方針、こういった方針に非常にあわないというようなこともあって、市長と副市長限りの文書とするということにしたと記憶している。

藤井議員
  私はこれは最高責任者である市長が答えるべき、しかもこういう時期なので市民に開かれた、そして負託を受けようとする立場であるのであれば、自ら答えなければいけない問題かなと私は感じる。
 この問題というのはもう一人の伊藤副市長は了解していたわけである。ここに文書があるが副市長が了解を得た上で、主要事業ヒアリングの照会をされたということであった。そもそもなぜこれが行われたといえば、市長が部局長の新規事業ヒアリングのとき、これまでもその主要事業ヒアリングなどの場では、ほとんど発言の機会を与えずに、自分のまあ言ったら興味がある、関心があるテーマばかり取り上げようとする、言ってみれば市に関する市政というのは、本当にそれだけじゃなくて、様々な問題があるが、そういった問題を広く取りまとめて市長に対して提言書、そしてそれをセクションを超えて、セクショナリズムが弊害だということもあるので、より部長級の中で意見、理解を深めていこうということから行われた問題であったはずである。そこで、副市長自体はこういったことはよく理解された上であったと思うが、市長自体はどういう見解なのか。

越市長
  まず事実関係については今、伊藤副市長にも確認したが4月10日の時点で伊藤副市長は了解をしていない。全く私や伊藤副市長に相談や連絡がなくてされたものである。そういった中で主要事業ヒアリングについては、先程副市長が言った通り、担当部が責任を持って進めるという方針とあわないため、二役での協議の文書としたということである。
 それ以外でそこで議論されたことを私が記憶している限りで申し上げると、そのように私や伊藤副市長に相談や連絡がなく一方的に部局長に対して意見照会を行われたということで、部局長からもそのことに対して疑念やまた不安の声が私にも寄せられた。
 したがってそのような部局長の声を聞いてやはりこれは二役限りの文書とするべきだというふうに考えた。
 そして、法令違反じゃないかというところについては弁護士にも照会し、こちらは文書として今も保存しているので、そういった法令違反はないということであった。

伊藤副市長
  私は全く了解をしていないと言ってしまうとちょっと語弊があるので補足をさせて頂く。この主要事業ヒアリングを始めるに当たり、私の方から担当部署に事前にヒアリングをして、市長との主要事業ヒアリングの議論を深めたいという思いがあり、当時の茂呂副市長に相談した。そしたら茂呂副市長の方からはそれはいいことだと励ましを頂き、さらにでは私も色んなことについて各部長の意見を聞きたいので、私の担当の部長にも色々話を聞くということについて、いいかというお話しがあったので、それはどうぞということで了解をさせて頂いた。
 したがって、そういうようなことをしていくということについては、確かにそういう了解ということはあった、あの照会文書で照会をかけていくという形については、そこまでは了解をしていないということである。

藤井議員
 先程市長からは、これは公文書としては消えていないからオーケーじゃないか、セーフじゃないか、というふうなことがあったが、公文書とご存知の通り公用文書、若干違い、公用文書自体はいかなるものであっても廃棄してはならないという判例・通説がある。
 実際、その現物が残っていても、コピーを丸めて捨てた、こういった問題だけであっても、懲役刑になってるということがある。もう一度、問題ないのか見解をお伺いたい。

伊藤副市長
  この件については、公文書としても扱うということにしているし、またそういう意味では文書自体は保存しているので法令上問題があるとは考えていない。

5 件のコメント :

  1. なるほどねえ。ややこしい問答ですが、公文書と公用文書の違いを調べて、ポイントは以下のようなことかなと推定しています。詳しい方、間違いがあったら指摘してくださいね。

    ○公文書は公務員が公務遂行のために作成する文書です。ですから、その意見集も、茂呂治という公務員が公務遂行目的に作成した点において公文書です。越市長も伊藤副市長も、そのことについてはとくに否定的なものの言い方をしていません。

    ○公用文書というのは、なんらかの公務に使う予定で保管されている文書です。公文書とは違って公務員が作成したものとは限りません。私たちが役所に提出する書類だって使用目的をもって保管されているのならば公用文書です。

    ○公文書偽造罪と公用文書毀棄罪のふたつがあって公文書と公用文書が同一視されやすいのですが、重要なことは、公用文書毀棄罪はあっても公文書毀棄罪がないことです。したがって、茂呂氏の意見集が公文書であっても越市長の毀棄罪は成立しませんが、公用文書となったとたんに越市長の毀棄罪が成立します。意見集が公文書どまりか公用文書までいくかは、なんらかの使用予定をもって保管されるべき文書だったか否かにかかってきます。

    ○ですから、越市長と伊藤市長は、当然のことながら、意見集には使い道がなかったことを強調します。二役限定の共有にとどめた理由として「主要ヒアリングにおいては担当部長と二役が協議をして担当部長が責任を持って事業を進めるという方針、こういった方針に非常にあわないというようなこともあって」と伊藤市長が答えています。これ、二役限定の理由を述べているように見えて、実のところは、方針に合わない文書だから使い道がなかったと言ってるんでしょ。

    ○越市長に至っては、自分も伊藤副市長も預かり知らぬことだとして、使い道のないものを茂呂氏が独断で作成したという経緯にしたがっています。

    ○これに反して茂呂氏は、二役限定ではなくて部局長までを含めた共有にこだわりました。その真意を推理するのもちょっと楽しい。純粋に共有すべきと考えていたからなのか。広い共有によって使用予定を生み出し公用文書へ昇格させたかったのか。公用文書となれば、誰も毀棄できません。

    その意見集とやら、越市長にはうざったくてうざったくてたまらないもんだったんでしょうね。なんとか使い道のないものにしたかったんでしょう。二役限りにしておくことに最初からこだわったのも、そうしておけば二役の意向で使い道をどうにでもできるからでしょう。協議会の時点で、今日という日のこの答弁まで見通してたんじゃないですか。

    茂呂氏も法学部卒なんですが、なにせ相手は弁護士ですからねえ。

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  2. 「関係資料5 大津市政に関する意見具申」を読み直しました。これは、退任後の茂呂氏→越市長への私信です。私信とはいえ、件の”意見集”を踏襲した中味であろうことは容易に察しがつきます。例の”意見集”というのが、部課長クラスのかなり意を決した上申書であったろうことも、この私信から伝わってきます。

    市議会のこの問答で、越市長と伊藤副市長は、”意見集”作成手順が従来の慣行に合わなかったことと、茂呂氏から受け取ったオリジナル文書が手もとに保存されていることの2点を強調し、”意見集”の取り扱いについて外形的には落ち度がなかったこと、”意見集”には具体的な使い道が伴わなかったことを主張しています。

    じゃあ、二役の視点に合わせて、藤井議員も外形面に目を移せばよかったと、私は思います。
    「まったくオーソライズドされていなくて使い道もない文書だというのなら、はじめから取り合わず、受け取りすら拒否すればよかったじゃないですか。しかし、現に、手もとに残すことまでやっている。それにはなんらかの理由があったはずです。その理由は何でしたか?」と突っ込んでみればよかった。

    人がなぜものを残しておくのかといえば、どこかの時点におけるなんらかの用途を現時点の状況判断では否定しきれないからです。つまり、特定できないという形で将来的な使用目的が想定されているわけです。藤井議員がそこに目をつけて、保管の扱いを受ければおのずと公用文書に変わるのだと、その理屈を二役にぶつけてみたらどうだったんでしょうね。

    公用文書の定義は「公的機関が使用のために保管している文書や電磁的記録」です。私は法律専門家ではありませんから通説や判例を知りませんが、問題の”意見集”は、六割から七割の確度で、公用文書だったと言えそうに思います。
    そして、紙媒体は二役の手もとにあっても、電磁記録はメール送信の添付ファイルだけだったと思えます。デジタルシステムによる文書管理がこれだけ当たり前になっていますから、電磁記録を意図的に喪失させる不当性は、紙媒体が残存しているという事実で相殺しきれるものではありません。

    (私も大津通信と同じBloggerのサービスでブログをやっていますが、長文すぎるコメントは途中から表示されず全文を確認できません。それでは茂呂氏がコメント承認できないと考えて、いったんここで切ります)

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  3. (さっきの続きです)

    「関係資料5 大津市政に関する意見具申」からは、”意見集”に集積された部課長たちの熱い思いがいやでも見えてきます。にもかかわらず、越市長・伊藤副長の市議会答弁に見る通り、この二人は、”意見集”の存在価値を、従前のヒアリング方式に合致するかしないかだけで評価していたのです。

    伊藤副市長の答弁をみていると、二人の副市長で担当領域が異なっていた様子です。茂呂氏が伊藤副市長の担当領域にまで越境してきて部課長の意見を集めていったみたいな言い方になってますが、実際のところは、茂呂氏が越境してきたから集まった意見だと捉えるのが適切じゃないんでしょうか。
    伊藤副市長は自担当領域の部課長相手にすら意見照会をしなかった。なぜなら、副市長の職を賭してでも越市長に軌道修正を迫ろうとまでは考えなかったから。そのような姿勢の副市長に促されても、なかなか部課長の本音が出てくるものではありません。
    しかも、茂呂氏は、部課長の言ってることですというやり方ではありません。責任は自分がかぶるという腹の据え方です。部課長から意見を集める前に、まず自分が越市長に手紙を書いて(関係資料1:2014年3月越市長への手紙)、もの申すスタンスを部課長たちに明示しています。

    惜しいことです。もったいないことです。越市長の受け止め方次第では、「お宝的」存在として”意見集”の生きる道が広がっていたのです。生かそうとするかどうかだけでした。
    茂呂氏は自らの力不足を理由に引責辞任しましたが、力量は他者が評価するものでもあります。茂呂氏の献身的努力を正当に評価できない越市長の下にいるかぎり、茂呂氏は力不足を脱却できなかったことになります。
    その茂呂氏に、退任理由を一身上の都合にせよと、なおも追い打ちをかける越市長。でなければ退任式をとりやめるとまで告げている。こういうのを自己都合の退職といっていいのでしょうか。越市長による力づく市政運営の危険性を思い知る気がします。

    ここまで述べてきた観点から、あの“意見集”が公文書にとどまるか公用文書までいくかを考えれば、公用文書の資格を充分に備えた公文書であった、いや、公用文書そのものだったといえるでしょう。“意見集”の背景には、部課長たちが問題視するほどの市政運営実態があります。市政運営実態の向こうには大津市34万人がいます。それを思えば、本当は、越市長の考え方で公用性の程度が決まるもんではないんですね。世の仕組みにおのずと規定されて決まるものです。すなわち34万人という数値に置き換えられる公用性がその“意見集”にはあったのです。

    それだけの価値をもった情報を二役限りにとどめたのですから、越市長は、市民の目と頭になりかわって読み込まなくてはいけません。そうしてくれる人を市長にしていると、私たちは信じています。公職の「公」とは何かという不断の自問自答。そこから導き出される答に従ってもらえるものだと、私たちはそれを約束や信頼として受け止めています。
    そりゃ、”意見集”が出てきたこと自体、越市長にとっては屈辱的だと思いますよ。決して愉快ではない。けれども、市長で居続けたいというのは、そういうことなんです。市長で居続けたいけど気に食わないことはやらないというのでは、市長をやらせておくわけにいかないんです。

    しかし、残念ながら、越市長にはそこまでの度量がなかったということですね。“意見集”を取るに足らない存在だと侮ることによって自分の正しさを保とうとしました。侮ったと、なぜ本人でもない私が断定できるのかといえば、”意見書”が添付されたメールの消却を現に指示しているからです。
    侮っていなければ、メール消却指示のヤバさに勘付けたに違いありません。でも、そのときの越市長は、リーガル・マインドをはたらかせてまで自制すべきだなんて、夢にも思わなかったに違いありません。それほどまでに侮っていたと見てかまわないでしょう。侮る心理が軽率さにつながったと私は考えています。

    部課長の熱心な意見表明に対してこういう侮り方ができる横着さというんでしょうか、傲慢さというんでしょうか、とにかくそういう人物に大津市長をやらせておくわけにはいかないと、私は思っています。市長の座にいちばんしがみつきたい人物がいちばん市長にふさわしくない人物だなんて、今夜も大津は泣いてますよ。

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  4. この問題って、これで幕引きですか?
    中途半端感が凄いんですけど。
    結局何だったのかよくわからないまま、うやむやになるんですかね?

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    1. 私も歯ぎしりしています。

      しかし、犯罪性を追究しても、最終的には文書取り扱いに関する意思疎通不足ということで、内部管理のミスで済んでしまう気がします。

      公用文書毀棄罪に相当しないと越市長に告げた弁護士って誰なんでしょう?越市長のコンサルタント結果だけにとどまらず、別の弁護士にセカンドオピニオンを求めてもいいと思います。
      越市長が相談した弁護士だって、やりすぎだと思ったはずなんですけどねえ。このヤバさにビックリしない弁護士なんてこの世にいませんよ。あ、独りだけいたか。

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